結婚式@アドバイス局

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結婚式の歴史(西洋)

2007年03月25日15:45

結婚式の歴史_結婚指輪交換の意味(由来)【結婚式@アドバイス局】 0

結婚指輪の交換は、
結婚式の常識となっていますが、
そもそもそれはどのような意味があり、
どのように確立されたのでしょうか。
ここに興味深い歴史を見つけましたので、ご覧下さい。


結婚式の歴史_14世紀の結婚

若者と家族が結婚に同意すると、
婚約式がとり行われました。
それは指輪の交換によって確認されるというものでした。
指輪は2つ用意され、
婚約者は互に相手の指輪を受けとった。
これは単なる指輪の交換ではなく、法的効力をもつものでした。

契約の監視人である教会は、
典礼定式書に従って婚約を公にする役割をもちました。
婚約者である二人は、両親、友人とともに教会に行き、
戸口で主任司祭の前で婚約を誓った。
そして40日の間「結婚」を公示したあと、
その教会の戸口で結婚式が行われ、
そのあと教会の中でミサが行われました。


また、指輪を交換する意味については
色々と説はありますが、その一つをご紹介します。

常に相手と共にいる。切れることのない“永遠”の輪を・・・
指輪」である意味は「」であるから、
途切れることのない“永遠”を表現すると言われています。

古来、人間の体には“愛の血管”があり、
その血管が心臓から左手の薬指に通っていると信じられていました。
そこで“愛の血管”のある左手の薬指に、
永遠を意味するリングをすることで
二人の愛の形を表現すると言われています。

けれど、もっと実際的な面で言えば、
男性も女性も常に身につけることのできるものであり、
そして何よりその存在を目で、手で確認できることに
指輪である大きな意味があるのではないでしょうか。

左手の薬指に光るリングを自分の目で確認し、
はめている薬指で感じ、さらに右手でその存在に触れられる。
常に相手と共にいる感覚を一番表現できるのが
指輪なのではないでしょうか。

素敵ですね。
歴史的な意味合いもあり、
愛を確認するアイテムでもあり、
やはり結婚式指輪は欠かせないもののようですね。

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2006年04月08日18:53

結婚式の歴史_近代の結婚編【結婚式@アドバイス局】 0

17世紀までのヨーロッパの国々にとって、
結婚は明らかに宗教的な出来事でした。

しかしイギリスでは、1836年の「婚姻法」によって
聖職者でない登録官の面前でも行われるようになりました。
ですがこれにより、当事者は特定の事項を記載した通知書を提出し、
登録官の面前で宣誓するのですが、
教会での宣誓とは違い、
登録官事務所の挙式では「汝を妻とする」と述べるだけです。

ただし統合婚姻法(1949)により、
イギリス国教会で挙式する場合には、
事前に結婚予告の公表をしなければならない
など伝統的な規定があります。

イギリス植民地であったアメリカでは、
コモン・ロー婚、つまり両当事者の合意だけで
成立する無式結婚であした。

コモン・ロー婚はイギリスで1753年禁止されたことがありますが、
植民地であるアメリカには適用されなかったのです。

1776年アメリカが独立して以来、
結婚は民事契約とする考え方が一般的で、
今日ではアメリカのほとんどの州で、
このような法令が制定されています。

合衆国では一般に、結婚式を挙げた州の法律に従っていれば、
住所地の法律と違っていても結婚の効力は有効とされます。

ヨーロッパでの「民事婚」の確立は、
フランス革命によるものであり、
1791年の革命憲法には
法律は結婚を民事契約とのみ認める
と宣言されました。

そこでは、聖職者でない市長、
村長の面前で行われる儀式以外に
有効な結婚はないものとされ、
民事婚が義務づけられたのです。
民事婚の義務は、
その後フランスからヨーロッパの他の国々へと広がっていきました。

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結婚式の歴史_中世の結婚編【結婚式@アドバイス局】 0

中世を通じて、結婚の管理は
宗教的権威の任務と考えられていました。

教会は、結婚のような宗教的意義をもつ行為は、
教会の祝福が必要であると要求しました。

そこで結婚する本人たちは教会に集まり、
そこで司祭の祝福を受けることが慣習となりました。

しかし結婚締結そのものは
当事者間の私的契約として残りました。
この結婚の合意は、
それに続く肉体的結合により秘跡にまで高められ、
かくて結婚は不解消のものとなる、
ということのようです。

これは1917年制定の教会法に基づき、
今日もなおローマ・カトリック教会の法として定められています。
教会の扉のところで司祭の祝福を受ける慣習は、
その後宗教的義務として確立されました。

その正式決定は、
1215年の第4回ラテラノ公会議で発布されました。
しかしこの布告に対する違反は、
教会からの懲戒と処罰をもたらしただけで、
結婚そのものを無効にするものではないようです。

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結婚式の歴史_キリスト教編【結婚式@アドバイス局】 0

古代に広く行き渡っていた結婚の形式は、
キリスト教によって大きく変化しました。

ヨーロッパでは、紀元1世紀ころからキリスト教は、
信者に結婚に際して、神の祝福を与えていたようですが、
結婚そのものはローマ式に行われていました。

4世紀になると教会の力が強くなり、
婚礼は従来通り行われましたが、
翌日教会でミサを受けるようになりました。

10世紀には教会の前で神父によって行われ、
そのあと会堂に入ってミサを受ける形となりました。
キリスト教の伝統では、結婚関係は一夫一婦であり、
死ぬまで共同生活と結びつき、かつ貞操の義務がかせられています。

結婚は秘跡であるという教義により、
結婚そのものが宗教的儀礼となります。
そして結婚により、
夫婦おのおのが神に対して責任をもつようになり、
離婚することは許されなくなります。

中世の教会が、結婚を含む一切の
秘跡に関する問題を決定しうるのは宗教裁判所だけでした。
たとえば遺産請求の判決を下すために
結婚の存否を決める必要がある場合でも、
宗教裁判所の決定が必要だったのです。

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結婚式の歴史_古代ローマ編【結婚式@アドバイス局】 0

 古代ローマはギリシャの結婚とほぼ同じでした。
まず結婚に先だって婚約式が行われます。

婚約式には2人の両親や親族が招かれ証人となります。
結婚式になると、花嫁は前夜から
結婚衣装を身に付けます。

そして当日花嫁は家族と共に
家の前で花婿とその家族を迎えるのです。
そして神殿か家の中庭に行き、
そこで動物の生贄をささげ、
結婚の誓いを行います。

誓約のあと、宴会が夜まで行われて、
そのあと松明に先導されて婚礼の行列が新郎の家に向かいます。

当時、ギリシア人とギリシア化されたアジア人は、
多かれ少なかれローマ人、・ゲルマン人、
その他ローマ化された人々と同様、
結婚は自由に開始され、
また当事者のどちらからでも、
任意のときに定まった形式もなく
離婚することができるというものでした。

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結婚式の歴史_古代ギリシャ編【結婚式@アドバイス局】 0

古代ギリシャの結婚式は、
主に冬に行われていました。

結婚の神であるゼウスとへラに生贄を捧げる前に、
新郎新婦は聖なる泉で水を浴びました。
そして花嫁の家で親類、友人などが集り、
儀式のあとに宴会が行われました。

花婿は白の衣装、
花嫁は色もの衣装を着用し、
顔にヴェールをかけます。
宴会が終わり夜になると、
花嫁は花婿への家へ行列をしました。

花婿も牛にひかせた車に乗って行列に加わります。
行列の参加者は手に手に松明を持ち、
花嫁の付添いは婚礼の歌を歌います。
家の入口では花婿の母親が行列を待ちうけ、
そして人々は二人の部屋に麦をまき、
花婿の母親は装飾された新婚の部屋に二人を導いたといわれています。
客が帰ると花嫁はヴェールをとって花婿の前に姿を現わすのです。

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結婚式の歴史_西洋婚礼編【結婚式@アドバイス局】 0

西洋における結婚制度は、
ギリシア、ローマ、ヘブライ、およびキリスト教の
伝統を主流として長年にわたって発展してきました。

キリスト教的な結婚の形態が生れる直前まで、
ユダヤ人やゲルマン人は、初期のギリシア・ローマ人と同じく、
父系首長の統率する親族集団支配の社会で、
すべての個人が父系首長の支配する氏族に所属し、
首長の指示に従って結婚が行われていました。

女性は結婚によって
属する氏族から離れ、夫の氏族へ入ります。
女性は氏族の首長の了解なしにその氏族から離れることはできず、
男性は首長の許可なくして妻をめとることはできませんでした。
そのため結婚は当事者間の出来事ではなく、
それぞれの首長間の取引でした。

また首長は氏族の成員を追放出来る権力をもっていたことから、
自分の妻、息子の妻、その他あらゆる成員の妻を放逐することができました。

余談ですが、バビロンの捕囚(前6世紀)以後のユダヤ人の間では、
もうすでに氏族による結婚の統制はなくなっていました。
しかし、妻を追放しうるという考えは存続し、
律法の一部として不変のものとして続いています。

イエスの時代になっても、この「律法」により、
結婚はいつでも夫から
一方的に終結することができるものでした。

しかし、ギリシア人、特にローマ人の間では、
急激な変化が起こりました。
初期ローマでは、結婚
当事者が儀式を行うことによって結ばれていました。

しかし、のちの共和制の時代からは、
儀式をしなくても結婚
開始することができるようになりました。
もちろん、結婚のように重大な行事には、
宗教的な祝典とか家族の祝宴を伴いましたが。

しかし、正当な結婚関係そのものは、
単に相互に夫婦となる意思をもつ当時者が
同棲を開始することによって成立したのです。
さらにこの自由な結合は、
その開始と同様に当事者のどちらからでも
自由に終結させることができるものでした。

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