2006年04月05日14:33
結婚式の歴史_平安時代編【結婚式@アドバイス局】
結婚式の歴史_平安時代編です。
平安時代に行われたのは公家式結婚です。
当時、貴族の子女は幼小のころに婚約することが行われてました。
後一条天皇(1008〜1036)は11歳の時、
20歳の藤原威子の入内がありました。
双方の婚約が行われると、
婿側から「消息便」が立ちました。
この使いは「文使」ともいい、
婿から嫁に対する恋文でした。
この文は、柳の枝に吊して嫁方へ持っていき、
女性の代わりに、その父兄が相手の人物、
家柄などを確かめて返書を送りました。
「栄花物語」にある藤原長家の歌に、
夕ぐれは待遠にのみ思ほへていかで心のまづはゆくらむ
(意味/結婚の夜が待ち遠しくてたまらない。どうしたら心だけでも先に行くことができるだろうか)
というものでした。
使いが先方に着くと、上座に招き入れ、
「三献の儀」の接待があって、祝儀に衣服などが贈られました。
婿の家では吉日をえらび、夜に向けて出立の準備がなされます。
夜になってから従者を連れ嫁の家に向かいました。
結婚式@アドバイス局
平安時代に行われたのは公家式結婚です。
当時、貴族の子女は幼小のころに婚約することが行われてました。
後一条天皇(1008〜1036)は11歳の時、
20歳の藤原威子の入内がありました。
双方の婚約が行われると、
婿側から「消息便」が立ちました。
この使いは「文使」ともいい、
婿から嫁に対する恋文でした。
この文は、柳の枝に吊して嫁方へ持っていき、
女性の代わりに、その父兄が相手の人物、
家柄などを確かめて返書を送りました。
「栄花物語」にある藤原長家の歌に、
夕ぐれは待遠にのみ思ほへていかで心のまづはゆくらむ
(意味/結婚の夜が待ち遠しくてたまらない。どうしたら心だけでも先に行くことができるだろうか)
というものでした。
使いが先方に着くと、上座に招き入れ、
「三献の儀」の接待があって、祝儀に衣服などが贈られました。
婿の家では吉日をえらび、夜に向けて出立の準備がなされます。
夜になってから従者を連れ嫁の家に向かいました。
結婚式@アドバイス局