2006年04月05日14:30
結婚式の歴史_飛鳥・奈良時代編【結婚式@アドバイス局】
結婚式の歴史_飛鳥・奈良時代編です。
飛鳥・奈良朝になって儀式に
唐の習慣が取り入れられるようになりました。
結婚式は戸令(民法)によれば、
唐にならって男子15歳、女子13歳で許され、
その他、皇族と臣下との通婚を禁じることなどが決められています。
父母及び夫の喪のある間は、嫁取りを禁ずること。
掠奪あるいは売買による結婚を禁じることなどが規定されています。
この時代にはいると、結婚には媒酌人というものが定められました。
男子から媒酌人を女子の父母、
祖父母などに申し入れて承諾を得た話がまとまれば、
男子側から進物を女子へ贈ります。
媒酌にあたって必要なことは納采(結納)でした。
これは中国から入ってきた風習です。
また当時結婚の日取りは
吉凶を占って決めていたことがわかります。
皇室は妃が入内(内裏に参入)し、
一般では新婦の父母が吉日を選んで、
新郎を家に招き夫婦のかためをしたようです。
貴族の間では一夫多妻の習慣があり、
最初にめとった妻を「こなみ」と呼び、
正妻の地位を占め、その他は「うわなり(後妻)」と称せられました。
律令の母体である唐律令では、
重婚を禁じていましたが、
日本では第2夫人以下は「うわなり」と呼ぶことで解決していたようです。
結婚式@アドバイス局
飛鳥・奈良朝になって儀式に
唐の習慣が取り入れられるようになりました。
結婚式は戸令(民法)によれば、
唐にならって男子15歳、女子13歳で許され、
その他、皇族と臣下との通婚を禁じることなどが決められています。
父母及び夫の喪のある間は、嫁取りを禁ずること。
掠奪あるいは売買による結婚を禁じることなどが規定されています。
この時代にはいると、結婚には媒酌人というものが定められました。
男子から媒酌人を女子の父母、
祖父母などに申し入れて承諾を得た話がまとまれば、
男子側から進物を女子へ贈ります。
媒酌にあたって必要なことは納采(結納)でした。
これは中国から入ってきた風習です。
また当時結婚の日取りは
吉凶を占って決めていたことがわかります。
皇室は妃が入内(内裏に参入)し、
一般では新婦の父母が吉日を選んで、
新郎を家に招き夫婦のかためをしたようです。
貴族の間では一夫多妻の習慣があり、
最初にめとった妻を「こなみ」と呼び、
正妻の地位を占め、その他は「うわなり(後妻)」と称せられました。
律令の母体である唐律令では、
重婚を禁じていましたが、
日本では第2夫人以下は「うわなり」と呼ぶことで解決していたようです。
結婚式@アドバイス局